眠れない夜の為に-チープな午後3時-

眠りに落ちるまでのほんの僅かな時の、友として

それは唐突に訪れる夏の夕立に似て

第一夜

梅雨入りも梅雨明けも曖昧なまま
夏は深く影を濃くしていく

あまりに暑いからだろうか
今年は蝉の声をきかない
あまりの暑さに蝉たちは涼しい地中から
這い出てくるのを躊躇っているのかも知れない

7年の歳月を経てようやく地上に出られる
その希望で身体を飴色に艶めかせながら
蝉の蛹は夜明け前に樹木の根元に顔を出す

見上げる杉の木は
遥か上空へと伸びており
いよいよ背中に備わった羽根が
蛹の殻を突き破ろうと疼き始めている




さあ、登ろう
初めての地上の空気を身体いっぱい吸い込み
蝉の蛹は一歩、また一歩と登り始める
樹皮に爪を引っ掛ける
固定された身体が落ちないように
他の足を最大限踏ん張って支えながら
上へ上へと登っていく



爪を掛けた樹皮からは
ほんの少しのシダーオイルが弾け
鼻腔を抜けていく
その清潔で瑞々しい香りに
蝉の蛹は居ても立っても居られなくなる

脱皮したい
一刻も早く、脱皮したい
そして、己の本来の姿を確かめたいのだ


もう、この辺りにしておこうか

いかほども登らぬうちにそんな邪な考えが
浮かんでくる
ここいらで脱皮を行い、羽化をしてから
更に上に登っていけば良いじゃないか
なにも7年も土の中にあったこの蛹の身で
木登りなぞしなくとも、もう新しい身体は
準備出来ているのだ

飛べばいいさ

蝉の蛹は登るのをやめ
辺りを見回す

朝靄に包まれた森の中、無数の何かが
自分を見ている



あれはなんだ?






ジジジーッ‼︎

静けさを打ち破る断末魔の鳴き声

羽化を終えたばかりの蝉が
謎の天敵の襲来を受け、短い地上の楽園での
人生を終えた声

朝靄の中の何者かは
無数の天敵の視線であり、虎視眈々と
蝉の蛹を狙っているのだ


嘘だろう…

一瞬にして蝉の蛹は恐怖に
身を硬くする
飴色の艶っぽさは喪われ
石のように硬くなったその身体を
落とさぬよう六本の脚に渾身の力を込めて
ひたすらしがみつく


地上に出れば、地上にさえ出られればと
ずっと夢を見て生きて来たんだ

溢れる陽の光
咲き乱れる花たち
大地を愛撫する風
そして、師管液を流れる甘い樹液を
やっと味わうことが出来るのだ

こんなところでやられては
たまったものではない

登ろう
高く。もっと高く。
誰にも邪魔はさせない
この幹の一番上まで登りつめて
心置き無く羽化してやる


六本の足を精一杯伸ばして
蝉の蛹は力強く杉の木を登っていった



やがて、森の東端が明るさを増してくると
その刹那、太陽は姿を現して
すぐに朝が来た
訪れた朝はいつもと変わらぬ夏の朝であったが
太陽は朝からその力を存分に発揮しており
ぐんぐん大地を熱し始めたのだった

森を流れる空気も例外ではなく
また植物が蓄えた水分を放出し始めたことで
湿度は急激に高まりを見せている

その時、蝉の蛹は見たのだ
羽化を終え、透き通る羽に色を映したばかりの
蝉が、羽を焼かれ落下していく姿を…。


今のは…



するとまた、一匹の蝉が
羽を燃やしながら落下していく





一度も空を飛ぶことなく
無残に地に落ちていく蝉の成虫
異常な太陽の熱に薄い蝉の羽はあっという間に
燃えてしまい役目を果たせぬまま
喪われてしまう

有り得ねえ
みすみすこんなところでやられて堪るかよ!

戻ろう
無理だ!今年は無理だ!
こんな暑い中で成虫になったって
ロクなことねえ
さっさと地面に戻ろう

あー、やだやだ
なんだって夏はこんなに暑いんだ!
冗談じゃねえ
やってらんねぇよ

慎重に身体を回転させ地表に向けて
体勢を整えると、蝉の蛹は
一目散に杉の木を駆け下りていった






そんな感じで
今年の蝉は地中から出て来ないんだと
思うんだけど、どう?


どう?って言われてもねぇ

そんなくだらない妄想を
抱くほど暑い真夏にぼくは突然
ブログを書いてみようと思った
今なら言える
今日ならやれる
なんだって良いんだけど
だけど、今日という日の必然性は
何となく分かっている

だから、始めてみました