眠れない夜の為に-チープな午後3時-

眠りに落ちるまでのほんの僅かな時の、友として

七人目の住人「ちょっとコワい話」

今週のお題「ちょっとコワい話」

第三夜


お題の記事を書いてみることにしました
だって、ちょっとコワイ話しだもの
乗らない手は無いでしょ

ぼくはこの手のお話が大好き

でも、怖いのは本当は恐いから嫌い


だけど、あるじゃんね
目を塞いだ手のひらの隙間からそーっと
のぞき見たい気持ち


そういう矛盾というか二律背反的な
気持ちは時として日常を楽しませてくれる
エッセンスになるよね






あれは、バブルが弾けた頃のことだった

ぼくは関西地方のとある会社に
就職をした
金属加工の分野では大手の会社だったけれど
本社以外の事業所は関西でも郡部の地方に
点在しており、ぼくはその中のひとつに
配属された

とんでもなく田舎だった

業種が金属加工ということで騒音苦情を避けるためか
会社の周囲に人家はなく、あるのは田んぼと
自販機と電話ボックス、そして会社の寮が
あるだけ。ぼくは暫くその寮に住んでいたのだった


寮は老朽化が進み、間も無く取り壊される
予定だということで、住人も少なく
空き部屋も多かった
その為、1人が何部屋使っても構わないと
言われており、僕も荷物を置く部屋、
食事をしたり寛ぐ為の部屋、
眠る為の部屋と3部屋を
所有していた
各部屋は造り付けのベッドが部屋の両脇に備えてあり、
正面に窓、手前にこれも造り付けの
机があったが、ベッドとベッドに挟まれた
三畳ほどの板の間が居住スペースだった為とても狭く、
昔はここが相部屋だったと思うと
ゾッとしたものだ

寮には、他に共同の炊事場、洗面所、トイレ
娯楽スペースにはテレビ、ソファ、卓球台
が置かれていた 娯楽室の突き当たりは大きく
解放される扉がついていて、そこを開けると
物干し場になっている庭に出ることが出来た


当時としても、かなり前時代的な寮だったと
思われ、若い社員達は他にアパートを借りて
いる者も少なくなかったが、僕は特に不満も
なかったのでそこに暮らしていたんだ


寮には全部で6人の住人が居たと思う

一階に3人、二階に3人

一階には30歳手前くらいの釣り好きの男
沖縄から来たという50歳くらいの男
小太りの20歳前半の男

二階の奥には寮の主のような60歳手前の
おじさん
そのおじさんと常に行動を共にしている
若い(年齢不詳)男の人
そして、入ったばかりのぼくの3人

合計で、6人の住人

そう、公式にはこの6人がその寮の最後の
住人として記録されているのだけれど。




仕事に就いたばかりのぼくは
毎日を仕事を覚える事に必死で過ごして居て
寮の人たちとは朝晩にすれ違い様に挨拶を
交わす程度だったと思う
彼らは現場で働いており、シフト勤務だった
為に、何日も見かけないことも多く、その為
ぼくは寮の住人全員の事を把握して居なかった
ただ、会う人に機械的に挨拶をするだけの
毎日だった


それでも、何ヵ月が過ぎると特徴的な
何人かの顔を覚え始め、ああこの人は
102号室に住んでる人だな、夜釣り竿
持って出掛けて行くということは
釣り好きなんだ
とか、この無口な若い男の人はいつもあの
おじさんの部屋に入り浸ってるみたいだ
まるで親子に見えるな、なんて風に覚える
事が出来てた
小太りの男はバイク好きで、仕事が終わると
深夜までバイクを飛ばしているようだった


沖縄から来たというおじさんは
毎晩のように泡盛を飲んで酔っぱらって
そして、部屋で沖縄民謡を歌っていた

ぼくはそれを聴くのが堪らなく嫌だった

なんというかもの凄く悲しいのだ
悲しみの雑巾を絞り出し、悲しみの涙が
絞り出されるようなそんな歌に聴こえた


だから、その歌が聴こえ始めると
ぼくは洗濯をしに行った
洗濯機が止まるまでそこに居て、
それから物干し場に洗濯物を干して
部屋に戻るとたいてい沖縄民謡は終わっていた

いつの頃からだろう

ぼくが洗濯物を干しに出ると
決まって庭から1人のおじさんが入って来て
すれ違うようになっていた
おじさんというより、お爺さん
真っ白で禿げ上がった髪はほぼ丸刈り
真っ白なステテコ、真っ白な
ランニングシャツを着ていて、
そしてとても色白なお爺さん

最初、白人かと思った

「こんばんは」

と声をかけるといつも

「ウゥーッ…」

みたいなよく分からない声で返事を
してくれていた
酒くさい感じではなかったから酔っては
いないんだろうけど、でもまともでも無い
そんな印象だ

おじいさんは中に入る
ぼくは庭に出る
いつもこのパターンだったので
ぼくはおじいさんが何号室に住んでるのか
知らなかった

会社には何百人か人が働いていて
その中からお爺さんを見かけることも
難しかった


その晩も、沖縄のおじさんが泣き歌を
歌い始めたので、洗濯をしに行こうか
と思ったけれどその日は雨だった
それでも、部屋に居るのが嫌で歌が終わるまで
庭に出ていようと、傘を持って娯楽室の扉を
開けた


「ウゥーッ…」

扉の向こうに
いきなり白いお爺さんが立っていて

「うわ〜!」

驚いてぼくも叫んでしまった


白いお爺さんは、そのまま
何事もなかったかのように室内に
入って来て、ぼくの横を通り過ぎて行った


ああ、びっくりした

心臓のドキドキがまだ治らないまま
ぼくはサンダルを履いて庭に降りる

雨は小雨ながら止むことなく降り続いており
ぼくは持参した傘を開こうとした

その時、気がついたんだ


お爺さんの身体濡れて無かったよな?

振り返って見たけど
もうお爺さんはそこには居なかった


あの人何号室の人なんだろう?

自分の記憶にある住人全員の顔を
思い浮かべる。それに自分を含めて7人。

もちろん、白いお爺さんを入れて7人

次に、それぞれ浮かんで来た顔と
住んで居る部屋を頭の中で一致させる


釣り好きの人は101〜103号室
沖縄おじさんは105〜107号室
小太りの男は108〜110号室

主のおじさんは210〜208号室
おじさんの息子みたいな人は207〜205号室
ぼくは201〜203号室

各階とも部屋はそれだけしかない


白いお爺さんは何号室なんだ?



夜、眠る時間になっても
疑問は消えない
この寮の人じゃ無いんだろうか?
もしかしたら、誰かを訪ねて来てるのかも
知れないな
きっとそうだろう


そう思いつくと少し安心して
ぼくは眠りに落ちていった





はっ! として目覚める

何に驚いたのか分からないけれど
妙に胸が騒いで目が覚めてしまった


喉が渇いていた

起き上がり、炊事場に向かう
冷蔵庫を開けて冷たい麦茶を取り出す

ふと人の気配がして振り返ると
誰かが廊下を娯楽室に向かって
歩いて行くのが見えた

誰かな?
炊事場から身を乗り出してみると
それは白いお爺さんだった

どこに行くんだろう?
ぼくはお爺さんの後を追った

お爺さんは、階段の前を通り過ぎて
娯楽室へと入って行く
ぼくもすぐ後を追って入る
お爺さんはテレビの前を横切り、卓球台の
脇を通り抜け、庭に出る扉に向かっている


外に出るんだな


お爺さんが扉に手を掛けると
スーッと開いた


「あの!すみません」

ぼくは思わずお爺さんに声を掛けていた
しかし、お爺さんには聞こえないのか
ぼくの声には反応を示さずそのまま
外に出て行く

ぼくも庭に降りる


居ない

白いお爺さんは
そこに居なかった

ぴったりと後ろについていたのに
お爺さんをぼくは見失ったのだ

そんなことってあるか?

庭をあちこち見てみたけれど、お爺さんが
隠れることが出来そうなところも無く
本当に忽然と消えてしまったとしか
思えなかった




次の日は日曜だったので、ぼくは
寮の人にお爺さんの事を訪ねてみる
ことにした
そうなると、主の人に訊くのが一番だと
おもったので、二階の奥の部屋に向かった

突然の訪問に主のおじさんも戸惑って
いるようだったけれど、ぼくがすこし
聞きたいことがあるんです、と言うと
中に入れてくれた
主のおじさんの部屋には、やはり息子みたいな
若い男の人が居たけれど、ぼくを見て部屋を
出て行こうとするので

「出来れば一緒に話しを聞いて欲しいんです」

彼にもそう声を掛けたら、黙って
部屋に残ってくれた


「この寮に、白いお爺さんって住んでますか」

ぼくがそう切り出した途端
主のおじさんは難しい顔つきをした
ぼくは今までの白いお爺さんについての
出来事をふたりに話した


「佐々木さん…だよ」

息子みたいな男の人が、主のおじさんに
そう言った

「そうやな、佐々木さんやろなあ」

「あのお爺さん、佐々木さんって
言うんですね」

ぼくは実際に存在する人とわかって
ホッとした

「佐々木さんは、何号室なんですか?」


すると、主のおじさんがこう言った

「佐々木さんはな、もう死んでおらんねん
佐々木さんはここで首吊って死んでしもたんや」


えっ…


どう言うこと?


息子みたいな男の人がそのあとをとって
ぼくに説明してくれる

「佐々木さんって人がね、昔ここに
勤めてたんだよ。一階の娯楽室、あそこに
ソファとかテレビとか置いてあるあそこは
元々は普通の部屋だったんだよ。佐々木さんは
そこに住んでた。岡山から来てたと思う。
独り身で、家族や親戚とは付き合いが無かった
みたいだった。たぶんずっと前は奥さんも
子供も居たんだろうけど、佐々木さんが
ギャンブルに狂ってしまって、離縁されてたみたい。
ある時、別れた娘さんから結婚するって
手紙が届いてね、佐々木さん珍しく寮のみんなに
その事を嬉しそうに話してたんだ。
まだ、この寮にたくさん人が住んでた頃ね。」

主のおじさんも

「そやなぁ、あの頃はまだようけ人が
居ったなあ。毎晩みんなで卓球したり
庭でバーベキューしたりして、オモロかった。
ボンが来た年は流しそうめんしたん、覚えてるか?」

息子みたいな男の人は、主のおじさんに
ボンと呼ばれているようだ


「うん、ブリキの雨どいを溶接して
レーン作ってたよね」

そんな時代もあったんだな

「それで、佐々木さんは?」

「そや、佐々木さんな。娘さんに結婚の
お祝い買うたるんや!言うてえらい張り切って
せやけど、いっつも競馬やらパチンコに
金突っ込んでるから、貯金なんてあらへん
なけなしの金持ってな、京都競馬行ったんや

けど、あの人才能あらへんねん
博打の才能ゼロやねんな。
案の定、有り金全部すってしもてな。」


「うん。凄い暗い顔して帰って来て。
僕ら分かってたから、声とか掛けずにそっと
しておこうって。」

「ほんなら、その晩部屋で首吊って
死んだんや」


佐々木さんは、娘に何もしてやれなかった
と悔やみながら独り首を吊って死んだらしい
身勝手な人だな、とぼくは思った

佐々木さんが亡くなってから
その部屋だけ壊されて娯楽室の一部に
改装されたそうだ

ぼくが出会った白いお爺さんは
佐々木さんで間違いないらしい
佐々木さんはいつも自転車で出掛けていて
帰ると庭に自転車を停め、そこから部屋に
入っていたらしい

「じゃあ、佐々木さん自分の部屋に
帰って来てたんですかね」

「そやろなぁ、まだ競馬行ってるんやわ
競馬終わってチャリンコで帰って来て
裏からそっと部屋に戻ってきてんのやろ」


「勝った時だけ玄関から入って来てたよね」

ボンが笑いながらそう言っていたのが
なんだか悲しかった


寮はそれから間も無く解体されて
ついでに会社自体も整理されて今はもう
何も残っていない
ぼくもそのあと転職したのでもう誰も
この話を語れる人はいないけれど、今回の
お題をみて、何十年振りに白いお爺さんの
事を思い出した

少しも怖くない話だったけど
これでおしまいです







今週のお題「ちょっとコワい話」