眠れない夜の為に-チープな 午後3時-

初めての関東暮らし、町歩き、出逢いを記録しておきたい

僕と音楽と出来事と (7)青いスタスィオン(7-6)

6. 赤いスイートピー




クリーム色と赤のラインが入った
ディーゼル列車を降りて、僕は駅前に立つ


正面には丸く縁取られた簡単な築山があって
そこに「ようこそ」や「歓迎」と
書かれた文字と共に旅館や川下りの
方向を示す案内標識が立っている

その向こうにはこんもりとした
緑の小山があって
たぶんあれは城址公園のようだ

空が思いのほか広い
もっと山に囲まれた薄暗いような山村を
想像していたのにその予想は良い方に裏切られた

気持ちの良い町




春色の汽車に乗って海に連れて行ってよ



ここは海では無く山の中だし
春ではなくてもう夏が近いのだけれど
来る途中頭の中では、ずっと松田聖子
赤いスイートピーが流れていた
柔らかなメロディが僕を幸せな気分に
させてくれる





あれから半年と少しが過ぎて、僕は関西の
ある会社に就職をしていた
社会人になったらいつか訪れようと
あの日心に決めたカナコの住む町に、
こんなに早く来られたのは、
僕の勤務地が意外に近い土地に
決まったからだった

ここなら、行ける

地図を見て、列車を調べ、切符を買って
あとはこの日を待つだけ。

はやる気持ちを抑えることもせず、
僕は弾んだ気持ちでこの町にやって来た

そう言えば川下りはどこなんだろう
駅前の観光案内図で見てみると
川は今来た鉄道の反対側に位置するらしく
ここからは見えない
一番街という小さなアーケード街には
きっと川下りの観光客を相手に商売を
しているような店舗が何軒か並んでいて
あられや、和菓子といったおみやげ店や
うどん、蕎麦の文字が見える食堂がある

ただ、この時間食堂は暇らしく
のれんの向こうから顔を覗かせたおばさんが
僕の方をチラッと見た気がした
僕はなんだかこの町の人たちみんなが
カナコの事を知っていて、僕が訪ねてくるのを
今か今かと待ち構えていたのではないか
という錯覚を覚えてドキドキする


そんな事あるわけないじゃないか

そう心の中で呟いても、逃げ出したいような
気持ちが僕を俯かせる
そのまま早足で先ほどのロータリーに
戻って来てしまった


しかし、いくつかの列車を乗り継ぎ
最寄りの主要駅から40分ほどかけて
やっと辿り着いたこの町の
いったいどこでカナコに会えるのか、
見知らぬ町に来てしまった不安が
次第に僕の足を動けなくしていた


住所は分かっている
Googleマップもないこの時代
正確な家の場所なんて住宅地図を
手に入れなければ探せない
だから、交番でも見つけて尋ねてみれば
教えてくれるかも知れない
この頃は世の中がもっとのんびりしていたから
道を尋ねれば親切に案内までしてくれるに
違いないのだけれど、僕は躊躇していた


会って何を話せば良いだろう
8ヶ月前、高校最後のあの文化祭
大成功だった当日の様子でも話せば
喜んでくれるだろうか
悪友が卒業式の前日にバイクで転んで
骨折したことを話そうか
それとも仲の良かった女の子に
彼氏が出来たことを教えようか

いや、そんな事とっくに知ってる
そうだ、転校する事は僕以外のみんな
知っていたんだ

僕はあの時感じた疎外感がまだ心の奥に
燻ぶっている

カナコの気持ちは分かっていた
とっくに気がついていた
だから文化祭が終わったらゆっくりカナコと
向き合おうと思っていた
ちゃんと僕から気持ちを伝えようと思っていた

あの時、時間はまだ永遠にあると
思っていたのだ


なぜ知り合ってから半年過ぎても
あなたって 手も握らない

ラブソングはサビに差し掛かったところで
レコードの針が飛んでしまい、音の鳴らない
溝をただくるくると回り続けている


もう、メロディは流れない
僕はレコード針を正確な位置に
戻すことが出来ないだろう

このまま帰ろう

僕は今さっき降りたばかりの駅舎を振り返る
片隅に赤い屋根の公衆電話ボックスが見えた


つづく






ren-newkun38.hateblo.jp
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