眠れない夜の為に-チープな 午後3時-

初めての関東暮らし、町歩き、出逢いを記録しておきたい

僕と音楽と出来事と (8)青いスタスィオン(7-7)

7.My Revolution

電話ボックスは駅の並びにある
小さな立ち食いそば屋の隣にあった

「いらっしゃい」

僕を客だと思った店のおじさんが
声を掛けてくる
その前を軽く会釈をして素通りし、僕は
電話ボックスの折り戸を開いた




カナコはこの町の小さな整形外科で
受付をしている
カナコの友人はそう僕に教えてくれた

電話してみよう
僕は電話ボックスに入り職業別電話帳を開く
病院の名前は分からなかったが、
そんなに大きな町では無いし、整形外科なんて
何軒も無いだろう
そう思いながら開いた電話帳には
一見しても10軒あまりの記載がある

どれだ?

なぜかその時の僕はひるむ事なく
絶対にここから探し出してみせるという
妙な自信があった

10軒の中から市立病院のような総合病院と、内科
などが併設されている病院を除外した

あとは、勘に頼るしかない
とは言っても、僕はこういう時に
さっぱり勘が働かないので、とても古典的手法
で選ぶことにする

「どれにしようかな 天の神様の言う通り」

指差した病院はいかにも小さな個人病院の
雰囲気のある◯◯整形外科医院という名前だ

悪くないな


受話器を上げて、テレホンカードを
取り出しちょっと思案してから挿入し
番号をダイヤルする

2コールで繋がった


「お待たせしました 
◯◯整形外科医院でございます」


アタリ!


聞き覚えのあるカナコの声だ
受話器を持つ手が一気に汗ばんでくる


「あのー、風邪を引いたみたいなんですが…」


「当院は初めてでございますか?」


「はい、あ、いえ。半年くらい時間が
空いちゃったんですけど」


「大丈夫ですよ、お具合はいかがですか」


「実は、あの・・半年前に引いた風邪がまだ
治ってなくて、ずっと息が苦しくて
微熱が続いて、とても苦しかったんです…」


「はい」


「いや、あの…すみません
そちらは整形外科でしたね」


「分かりますよ。私もずいぶんこじれてしまって
胸が潰れるような苦しさで、寂しくて悲しくて
あの時、もっとちゃんとしていればって
とても後悔したんです。

だけど、今はすっかり良くなったんですよ」


「え・・・」


「私、口にするのが怖かったんです
ちゃんと話さなきゃってずっと思ってたんですけど
その話をした瞬間に、今のかけがえのない毎日が
一瞬にして壊れてしまいそうで。
だから、どうしても言えなくて。
お別れを言って、思い出にしたくなかった
文化祭には出られなかったけど、あの時の楽しい
毎日がまだずっと続いてるって思ってたかった
のかな」


「あっ、俺…」


「分かってるよ、すぐ分かったよ
私、そのうちこうやってちゃんと話しが
出来る時が来るはずって思ってたんだ
だけど、予想より早かったね、レン君」


.........................................................


カナコの仕事が終わるまで
僕は町をぶらぶらと歩いた
駅から城址公園へと向かい、かつての
濠の一部だった池の周囲を辿りながら
商店街に向かう
山間に開けた盆地であるこの町は
先程の城を中心にして交通、物流などの
要となって栄えていた昔があったようだ
そのせいか、立派な土蔵や白い漆喰の眩しい
瓦屋根を葺いた塀が建ち並んでいる
そんな中に、優しい出汁の香りが漂う
うどん屋や、小学校のすぐ側には
パン屋があって、自転車を停めた小学生達が
パンを買っている
僕もつられてお店の中に入ってみた
あんぱん、クリームパン、ジャムパン、素朴な
パンはどれも見るからに美味しそうで、そして
とても安い。地元に長く愛されているのだろうな
僕はクリームパンとコーヒー牛乳を買い、色白で
品の良いお店の女性に見送られて、駅に戻った



...............................................................




「カナコ、気づいてたの? いつから?」

駅前で待ち合わせた僕らはそのまま駅のベンチ
に座ってお互いを懐かしんだ

「最初っからよ、あのーっていう
あの声ですぐ分かったよ。変わってないんだもん
まあ、とは言ってもまだ半年だから
そりゃそうだよね」

そう言ってカナコはケラケラ笑った
あの日と同じカナコだ


「カナコはちょっとよそ行きの声だったよね」


「まあね、レン君よりほんの少しだけ
早く大人になったからねー」

まだ半年、だけどカナコにとってこの半年は
とても辛くて大変な毎日じゃなかったのか
きっとそうだと思うけれど、目の前のカナコは
何も変わっていない。あの日のままだ
それが、嬉しくもあり悲しくもあった



「でもよく仕事が見つかったね」


「ここの先生の息子さんが
お母さんの同級生なの。小学校の時の」


「あ、小学校さっき行ったよ、パン屋が
近くにあるとこだよね?」


「そう、行ったんだね小学校
お母さんはあのパン屋で働いてるの」


「えっ、俺そこのパン屋でクリームパン買ったんだよ。
じゃあ、あの色白の女の人はカナコの」


「それ、うちのお母さんやわ」


「あ、関西弁になってる」


「こっち来てからお母さんが普通に関西弁
使うから私も移ったんよ」


「なんだか面白いね」


「いつの間にか意識せんでも自然に
口から出てくるようなって、でもまだまだやね」



あの日と変わらないはずのカナコだったけれど
やはりこの半年は僕たちの中の何かを変えて
しまったようだった


「カナコ、これからどうするの?」


「そやなあ、私高校中退やんか
そやから大検受けていつか大学行きたいて
思っててん。けどね、この町で暮らし
始めたらなんか無理して大学行かんかて
幸せに暮らせるんやないかなって、そんな風
に思う事もあるんよ
この町の空気が私に合うてるみたい
病院でおじいちゃん、おばあちゃんと話したり
するのも楽しいし、町の人がみんな親切やねん
それに、ちゃんとレコード屋さんもあるんよ
大きい街までも1時間もかからへんから
割と便利やねんで。

学校の時の思い出とか、レン君との事とか
毎日思い出して、最初はとても寂しかったの
みんなどうしているかな、レン君は彼女さんと
上手くやっているのかな、とかね」


「あ、俺彼女とは別れたんだよ」


「知ってる」


「知ってたの?」


「だって、私に逢いに来てくれたって
事はそういう事なのかなって思ったの」


「あ、そっか」



「私ね、ここで暮らしているうちに
なんか元気が戻って来た気がするのよね
別にね、諦めたとかそんなんじゃ無くて
私、別の扉を開けたような気持ちなの
さあ次の幕が開いたぞ、ってそんな風に思ってて
だからなんだかとても楽しみなのよ
この先、どんな事が待っているのかって
思うと凄くワクワクする感じなのよね

ねえ、渡辺美里My Revolutionって曲
知ってる?」


「うん、ドラマの主題歌だったよね」


「そう、いまの私はあの曲みたいな気持ち
なんよ。だからもう心配せんでもええよ
大丈夫やからね」



さよなら Sweet Pain
頬づえついていた夜は 昨日で終わるよ




で始まるこの曲は、いしのようこ主演の
ドラマ主題歌で、渡辺美里はもちろん
作曲の小室哲哉の名を世に知らしめた曲でも
あって、大ヒットしていた
歌詞に出てくる女の子は夜の暗闇を自由に駆け回る
ようなイメージで、それはとてもカナコと
重なる部分があったから、カナコが今感じている
事が素直に伝わって来た気がした


高校生活が世界の中心だったあの時を経て
誰もが海の向こうの世界へと憧れを抱く
僕らが少しづつ分かりはじめた事。
ずっとこのままではいられない
その胸の痛みを力にして
僕らは古い木造の校舎の床板を引っぺがし、
ひとりひとり海に漕ぎ出しはじめた
僕も、カナコもみんなも、やがて
それぞれのボートで辿り着く場所がある
同じ場所に辿り着くのか
地球の向こう側に行きつくのか
それはまだ分からないけれど、
分からないからこそ
ドラマチックな明日がある





「ありがとう、カナコ」

「こちらこそ、ありがとうレン君」


近いうちの再開を約束して
僕らは駅の改札で別れた



ホームに立つ
スピーカーから河合その子の「青いスタスィオン」と
いう曲が流れていた




夏の前の淡い陽射しが
駅のホームにこぼれてる
あなたは今 都会へ向かう
地図を持たない旅人ね





峡谷を渡る鉄橋から見下ろす河面が光っていた
開けた窓からは初夏の風が僕の頬を乾かしていた



(青いスタスィオン 了)