眠れない夜の為に-チープな午前3時-

初めての関東暮らし、町歩き、出逢いを記録しておきたい

Misty Twilight

今の家には電話が無い

 

携帯電話は持っているけれど

いわゆる家電は、引いていない

今、新規に電話を引くひとが

どれぐらいいるのだろう

 

電話を引くという言い方はなんだか面白い

電話線を丸めたヤツを肩に担いだおじさんが

電柱から曲芸みたいに家の屋根に線を引っ張って

そこから宅内までエッチラオッチラ電話線を

手繰り寄せ、最後に電話機にぷすっと挿し込む

 

なんだかそんな場面が浮かんでくるのだ

もちろん、電話機は黒のダイヤル式だ

 

 

 

近ごろはあまり通話をしなくなった

田舎の親と話すくらいで、普段は

メールやLINEを利用するのだけど

携帯電話というものは、常に連絡が

取れて当たり前というやっかいな道具だ

こちらが休みだろうが、受診中だろうが

おかまいなしに呼び出される

出なければ、2度、3度繰り返しかかってくる

ことも少なくない

電話に出るのは当たり前だと思っているのだ

 

 

LINEなど、気が向いたら読むくらいが

僕としてはちょうど良いのだけれど

ご丁寧に読んだら「既読」マークがつく

ようになっている

逆に読まなければ付かないけれど

付かないと

「こいつはまだ読んで無いのか!」と

変に思われるかも知れないと気になりだす

 

読んだら読んだで、返信を返さなければ

いけなくなって、さらにそれが往復を

繰り返す事になると、やろうとしていた事が

後回しとなって、自分の予定がどんどん

狂っていくことになる

 

喋るよりは楽だし、文字にすると

ちゃんと記録として残るし

便利でもあるけれど、なんだか

便利ばかりでも無いのだな

 

携帯電話がない頃、家電には留守番電話

がついていた

1日の大半を外出している訳で、電話が

かかって来る相手も大概外出先で会うような

顔ぶれが多かったから、留守番電話に伝言が

残っている事は少なかったけれど、時々

面白い伝言が残っている事があった

 

 

「ピーッ。1件目、今日の午前10時

もしもし、◯◯証券の◯◯と申しますが

本日15時までにお振込み頂きませんと

手形の方が落ちませんので、必ずお振込み

頂きますようお願い致します

伝言お聞きになられましたら折り返しの

ご連絡をお願い致します」

 

間違い電話を掛けて来て、ご丁寧に

留守番電話に伝言を残していた証券マン

うっかりしてるなぁと、聞き終わったところで

 

「ピーッ!2件目、今日の午前11時

もしもし、◯◯証券の◯◯と申します

手形の件でお電話させて頂いて

おります。至急ご連絡頂きたいのですが

よろしくお願いします。」

 

先ほどと声のトーンが幾分違っている

何か困った事が起きているようなのは

僕でも分かるのだけれど、生憎と僕は

当事者ではないのだ

 

「ピーッ!3件目、今日の午前12時…」

 

こんな風に1時間おきに伝言が入っていて

最終的に15時過ぎに

 

「手形、落ちませんでした…」

 

不渡りになったのだろうか?

◯◯証券に連絡した方が良いだろうか

でも、何と言えば良いだろう

それにしても、朝からずっと間違い電話を

掛けているこの証券マンのうっかりさに

腹が立って、結局電話をしなかった

 いや、電話しようにも僕がその留守番電話の

伝言を聞いたのは23時を大きく回った時だったから

掛けようも無かったのだけれど。

 

 

もう一つ、印象に残ってる間違い伝言がある

 

ある雨上がりの夜だった

 

「こんばんは。わたしです

雨も上がったことだし、お散歩、いかが。

留守電聞いたら必ず消してくださいね

明日、奥様に聞かれたら大ごとになりますからね

お願いしますよ」

 

伝言の声は高齢の女性だった

はっきりとした事情は分からないので

想像でしかないけれど、電話を掛けた相手は

男性の様だ。「奥様に・・」の言葉からも

既婚男性に電話を掛けたのだろう

奥さんは旅行にでも行っているのか

娘のところにでも行っているのか、とにかく

今夜は留守にしているようで、電話の声の主は

そのことを知っている

そのうえで、「散歩」に男性を誘っているのだ

 

そう思って再度録音を聞くと、女性の声が

なんともなまめかしく聞こえてきた

 

「雨も上がった・・」という事は、この人たちも

この街のどこかに暮らしている

雨上がりの濡れたアスファルトをゆっくり、ゆっくり

歩調を合わせてあるく二人の姿を想像し、なんだか

胸の奥がほんのり温かくなるようだった

 

しかし、次の瞬間この電話が間違い電話であることを

思い出した

男性にはこの伝言は届いていないのだ

おばあさんは、今か今かと折り返しの電話が

来るのを待っているはずだ

おじいさんはそんなこととは知らず、テレビで野球を

観ながら冷酒でも飲んでいるのかも知れない

 

想像通りこれが二人の道ならぬ恋だったとしたら

おばあさんは連絡が取れないおじいさんのことを

胸がつぶれるような思いで心配しているのではないか

 

「こんばんは」という声の小さな果実が弾けたような明るさ

「必ず消してくださいよ」の声に含んだ秘密

 

 

下世話な妄想をするには訳があった

これよりずいぶん前の出来事

 

当時暮らしていた街の中華屋で母親と

ランチを食べたことがあった

母親はここのかた焼きそばが好きで

街に買い物に行くと、ここか

寿司屋に寄るのが常だった

 

僕らはそれぞれの注文を済ませて、なんとなく

隣のテーブルを見ると、品の良い老夫婦が食事を終えた

ところだった

 

 

「今日はお嫁さんになんて言ってきたの?」

「うん、まあ」

「黙って出てきたんですの?」

「ふふん」

 

夫婦であると思っていたが

なんとなく様子が違う

 

「ふふんって、それじゃ心配なさるでしょう」

「いいんだ」

「よくありませんよ」

「あれは息子の嫁で、俺の嫁じゃないから」

「そりゃそうですけど」

「いいんだ」

 

母親が目配せをしてくる

こういうところが親子だなと思う

僕も目配せをしようと顔を見たからだ

 

ただの友達かも知れないけれど

何となく二人の間に流れる空気が

そうではないことを伝えている気がする

 

「君こそ、ご主人には」

「主人の話はしないで」

「そうか」

 

ちょうど僕らの食事が運ばれてきて

二人は会話をやめてしまい、仕方なく

僕らは無言で食事をした

正直、ランチどころではなかったけれど

そうこうしているうちに、二人は

会計をする為、席を立った

 

「今日は俺が払うよ」

 

おじいさんは伝票を持って先に歩き

おばあさんも後に続いた

 

母親が

「いいわねえ」

と呟いたあと、夫(僕の父親のこと)が

いかに女の扱いが下手かという話を始めた

そんなこと、僕に言われても・・

 

 

「主人の話はしないで」

 

そう言った時のおばあさんの顔を

今でも思い浮かべることができる

凛としていて、とても美しかった

 

そんな気がしただけかも知れないけれど。

 

 

f:id:Ren_newkun38:20200118184134j:plain

 

雨上がりの夜。街頭に照らされた

濡れたアスファルトの道を歩くと

この留守電の出来事と、中華屋の出来事を

セットで思い出す

 

 

で、なんで留守番電話の話をしようと思ったのか

もう、忘れてしまった

 

 

では、またです

れんにゅう。